結論から言うと、日本の飲食店が用意する「中国語対応」は、簡体字(中国大陸向け)1本で作られがちですが、2026年上半期の訪日実績では、繁体字圏(台湾・香港)が簡体字圏(中国)の約2.6倍に逆転しています(日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数(2026年6月推計値)」2026年7月15日発表)。この記事でわかること:①訪日客数と訪日消費、2つの公的統計で数字がズレて見える理由 ②繁体字は簡体字を文字変換すれば済むものではないと、観光庁のマニュアルが示している理由 ③自社の多言語ページで実際に見つかった「どちらの中国語か機械に伝えていなかった」という失敗、の3点です。

1. 中国語メニューとは——「中国語」は1つではない

中国語メニューとは、中国語圏からの客向けに用意する料理説明のことですが、「中国語」を1つの言語として扱うと、最初の一歩でつまずきます。中国語には主要なものだけで7つ以上の方言があり、さらに漢字の形態は簡体字と繁体字の2種類に分かれます。観光庁が2026年3月に策定した「地域観光資源の中国語解説文作成のためのライティング・スタイルマニュアル(追補版)」によれば、簡体字は中国大陸・マレーシア・シンガポールなどで使用され、繁体字は香港・マカオ・台湾などで使用されるとされています。同マニュアルは「中国語話者であっても日常的に使用しない種類の文字は読めないことも多い」と述べており、簡体字だけを用意すれば中国語圏全体をカバーできるわけではないことを、公的な文書として示しています。

さらに同マニュアルは、同じ繁体字でも一枚岩ではないとも指摘しています。広東語を使う香港・マカオの「香港繁体字」と、台湾華語を使う台湾の「台湾繁体字」では、用語や表現が若干異なります。そのため同マニュアルはターゲット市場を明確にしたうえで、整備する繁体字を決定するとしており、実際の制作事業では簡体字と台湾繁体字を採用しています。つまり「中国語対応」という一言の中には、少なくとも簡体字・台湾繁体字・香港繁体字という3つの選択肢が存在します。どれを、どの順番で整備するかを考える前提として、まずこの内訳を数字で見ておく必要があります。

2. 数字で見る逆転——2026年上半期、繁体字圏は簡体字圏の約2.6倍

日本政府観光局(JNTO)は2026年7月15日、「訪日外客数(2026年6月推計値)」を発表しました。同日発表の観光庁インバウンド消費動向調査を扱った記事では「飲食店は中国語一辺倒を見直す時期に」という問いを投げましたが、この記事ではその問いに、簡体字・繁体字という実務レベルの数字で答えます。まず市場別の実績は次の表の通りです。

市場 2026年6月 前年同月比 1-6月累計 前年同期比
総数3,148,600▲6.8%21,084,800▲2.0%
韓国787,100+7.8%5,675,100+18.6%
中国340,700▲57.3%2,058,200▲56.4%
台湾670,400+14.6%3,972,200+20.9%
香港214,300+28.5%1,298,500+2.2%

出典:日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数(2026年6月推計値)」(2026年7月15日発表)。単位は人。訪日外客数は法務省の出入国管理統計に基づく数値で、駐在員やその家族・留学生等の入国者・再入国者を含み、乗員は含まない。

この表から本記事が試算すると、2026年上半期(1〜6月累計)は台湾3,972,200人+香港1,298,500人=5,270,700人。繁体字圏の中心である台湾・香港の合計は約527万人で、簡体字圏の中心である中国2,058,200人の約2.6倍にあたります。6月単月で見ても、台湾670,400人+香港214,300人=884,700人を中国340,700人で割ると同じく約2.6倍です。単月・累計のどちらで見ても、比率はほぼ同じ水準にとどまっています。

「中国語」の内訳と上半期実績 中国語(原語) 簡体字圏 中国大陸・シンガポール マレーシア 等 繁体字圏 台湾・香港・マカオ 等 中国 205.8万人 (2026年上半期) 台湾繁体字(台湾華語) 397.2万人 香港繁体字(広東語) 129.9万人 (2026年上半期) 繁体字圏(台湾+香港)527.1万人は 簡体字圏(中国)205.8万人の 約2.6倍(2026年上半期)
2026年上半期の訪日実績では、繁体字圏(台湾・香港)が簡体字圏(中国)の約2.6倍に逆転している(日本政府観光局(JNTO)発表数値をもとに本記事が試算)。

3. なぜソースによって数字がズレて見えるのか

この話をすると「中国は本当に減っているのか」と数字のズレが気になる方もいるはずです。実はJNTOの発表と、同じ2026年7月15日に発表された観光庁のインバウンド消費動向調査(2026年4-6月期・1次速報)は、母集団のレベルでは矛盾していません。JNTOの2026年4月3,692,364人+5月3,559,900人+6月3,148,600人を合計すると10,400,864人になり、これは消費動向調査が示す4-6月期の全体1,040.1万人とほぼ一致します。だから「どちらが正しいか」という話ではなく、同じ母集団を別の切り口で分解しているために、見え方が変わっているだけです。

ズレて見える一番の理由は、掛け算の分解の違いです。全体で見ると、訪日客数は前年同期比▲5.3%なのに、消費額は+0.2%で四半期として過去最高を更新しました。理由は一人当たり旅行支出が+3.3%伸びているからです。中国も同じ構造で説明できます。人数は▲52.5%と大きく減った一方、一人当たり旅行支出は+9.4%増えており、結果として消費額は▲48.1%にとどまっています。つまり「客数が半減した市場で、残った一人はむしろ多く使っている」というのが実態で、消費額を国籍別に見た1年前後の順位交代(2025年4-6月期は中国5,064億円がトップ、2026年4-6月期は米国3,848億円・台湾3,639億円が上位に立ち中国は2,592億円に後退)も、この構造から生まれています。

もう2つ、注意しておきたい点があります。1つは母集団の定義です。JNTOの訪日外客数は、駐在員やその家族・留学生等の入国者・再入国者を含む統計で、「街を歩く観光客の数」とそのままイコールではありません。もう1つは期間です。JNTOの▲57.3%は6月単月、▲56.4%は1-6月累計、消費動向調査の▲52.5%は4-6月期という別の期間区分です。同じ「中国の減少」を語っていても、どの期間を切り取っているかで数字が変わるため、記事や資料を読むときは常に「何を分母(対象範囲・期間)にしているか」を確認する必要があります。

4. 「人数」より「飲食に落ちる額」で見ると順位が変わる

人数の比率は約2.6倍でしたが、実際にお店の売上に関わるのは「飲食にいくら使ってもらえるか」です。観光庁のインバウンド消費動向調査(2026年4-6月期・1次速報)は、市場別の一人当たり旅行支出を費目別に公表しています。

市場 総額 飲食費 平均泊数
全国籍・地域244,457円53,143円8.7泊
韓国99,542円27,993円3.6泊
台湾196,641円41,136円6.1泊
香港225,117円54,219円6.0泊
中国266,753円53,674円11.2泊

出典:観光庁「インバウンド消費動向調査2026年4-6月期(1次速報)」(2026年7月15日発表)図表5より。一人当たり旅行支出(全目的・一般客)。

興味深いのは、香港の一人当たり飲食費54,219円が、中国の53,674円をわずかに上回り、全国籍・地域平均の53,143円をも上回っている点です。台湾は41,136円と香港・中国より低いものの、上半期397万人という人数の厚みでカバーしています。中国は一人当たり266,753円という高い総額と11.2泊という長い滞在が特徴で、単価の高さでは他市場を上回りますが、そもそもの訪日人数が上半期205.8万人にとどまっている構造です。

この一人当たり飲食費と、JNTOが示す市場別人数を掛け合わせると、本記事の試算は次の通りです:台湾41,136円×184.1万人≒757億円、香港54,219円×64.5万人≒350億円、繁体字圏合計≒1,107億円。一方、中国53,674円×97.1万人≒521億円。繁体字圏は簡体字圏の約2.1倍という計算になります。人数ベースの約2.6倍よりは差が縮まりますが、「飲食に落ちる額」で見ても繁体字圏が上回るという結論は変わりません。

5. 国も「両方整備が望ましい」と書いている——公的マニュアルが示す作り方

観光庁の「地域観光資源の中国語解説文作成のためのライティング・スタイルマニュアル(追補版)」は、観光解説文向けに作られた資料であって、飲食店のメニュー専用のガイドラインではありません。ただし、そこに示されている「作り方の構造」は、料理名や食材名にもそのまま当てはまります。同マニュアルは「両方の文字による解説文を整備することが望ましい」としており、簡体字か繁体字かのどちらか一方で済ませることを前提にしていません。

制作工程も具体的に示されています。まず英語解説文をもとに簡体字へ翻訳・編集を行い、校閲を経て文章を確定させます。そのうえで台湾繁体字への展開は、単なる文字変換では終わりません。英中・日中翻訳者による用語と表現の調整を経て、さらに校閲者による専門用語・文体のチェックが入ります。文字を変換したら終わり、ではなく、変換後にもう一段階、人の目によるチェックが挟まる工程です。

観光庁マニュアルの制作工程 英語解説文 簡体字に翻訳・編集 校閲(簡体字) 台湾繁体字へ文字変換 (ここで終わらせない) 用語と表現の調整 英中・日中翻訳者が担当 校閲(台湾繁体字) 専門用語・文体をチェック
観光庁のマニュアルが示す制作工程。台湾繁体字は文字変換のあとに、翻訳者による用語調整と校閲がもう一段階入る(観光庁「地域観光資源の中国語解説文作成のためのライティング・スタイルマニュアル(追補版)」2026年3月をもとに作成)。

6. 簡体字と繁体字は「文字を変換すれば同じ」ではない

実務差分を整理すると、次の表の通りです。

項目 簡体字 台湾繁体字
使用地域中国大陸・マレーシア・シンガポール等台湾(香港・マカオは香港繁体字)
引用符“ ”「 」
推奨フォントSource Han Sans CNSource Han Sans TW
準拠する規範中華人民共和国国家標準『標点符号用法』中華民国教育部『重訂標点符号手冊(修訂版)』
語彙例(ロープウェイ)索道纜車

出典:観光庁「地域観光資源の中国語解説文作成のためのライティング・スタイルマニュアル(追補版)」(2026年3月)。

「ロープウェイ」1語だけで、簡体字と台湾繁体字が別の漢字(索道/纜車)になるという事実は、単純な字体変換ソフトでは吸収できません。しかも同じ繁体字圏の中でも、広東語を使う香港・マカオの「香港繁体字」と、台湾華語を使う台湾の「台湾繁体字」は用語や表現が若干異なります。「繁体字を作ればいい」ではなく「どの繁体字を、どの市場向けに作るか」を先に決める必要があるということです。

このマニュアルは観光解説文向けの資料であり、飲食店のメニュー専用ではありません。ただし、日本語の漢字をそのまま中国語として出す危険は、同じ構造で食材名にも起こりうる話です。マニュアルが挙げる実例では、シャクナゲの日本語漢字「石楠花」をそのまま中国語として使うと、まったく別の植物(カナメモチ属)を指してしまい、正しくは簡体字で「杜鹃花」と表記する必要があるとされています。また「境内」は日本語では神社・寺院の敷地を指しますが、中国語の"境内"は意味が異なり、「新聞」も日本語ではnewspaper、中国語ではnewsを指すと説明されています。日本語の漢字と中国語の漢字は、見た目が同じでも意味がズレることがある、という構造の問題です。

この構造の問題は、実は自分たちの現場でも見つかりました。自社で制作・運用している飲食店の多言語ページ群を確認したところ、中国語ページの<html lang="...">が、zh-Hans(=簡体字だと機械に明示しているページ)と、zh(=どちらの中国語か不明なページ)で混在していました。さらにhreflangは全ページhreflang="zh"と書かれており、簡体字・繁体字の区別を持たせていませんでした。翻訳の中身がどうかを議論する前に、「どちらの中国語か」を検索エンジンやブラウザに伝える欄を空けたまま公開していたということです。lang="zh-Hans"は簡体字、lang="zh-Hant"は繁体字を表し、さらにzh-Hant-TW(台湾)・zh-Hant-HK(香港)まで指定できますが、その欄を使っていませんでした。これは翻訳費用ゼロで直せることなのに、直すきっかけが無いまま何ヶ月も残っていた類のミスでした。

7. よくある失敗5パターン

8. 何から手をつけるか——費用がかからない順に

ここまでの内容を、費用がかからない順に並べると次の3ステップになります。

  1. langhreflangの整備——翻訳の中身を1文字も変えずに直せます。簡体字ページにはlang="zh-Hans"、繁体字ページにはlang="zh-Hant"(必要ならzh-Hant-TWzh-Hant-HK)を明示するだけです。
  2. ターゲット市場の決定——自店の客層データや立地から、台湾繁体字を優先するのか、香港繁体字も用意するのかを先に決めます。決めずに翻訳を発注すると、どちらつかずの繁体字になりがちです。
  3. 繁体字の用語調整とネイティブ確認——簡体字から機械変換した文章を、そのまま公開せず、対象市場の言葉づかいに合っているかを人の目で確認します。観光庁のマニュアルが示す「文字変換のあとに用語調整・校閲」という工程を、規模に応じて簡略化してでも踏むということです。

9. よくある質問(FAQ)

Q. 中国語メニューは簡体字だけ作れば十分ですか?

A. いいえ。日本政府観光局(JNTO)の発表によると、2026年上半期(1〜6月)の訪日実績は台湾397万2,200人・香港129万8,500人で合計527万700人。簡体字圏の中心である中国205万8,200人の約2.6倍です(日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数(2026年6月推計値)」2026年7月15日発表)。簡体字だけでは繁体字圏の実績を取りこぼします。

Q. 「527万人」はどの数字から計算していますか?

A. 本記事の試算です。日本政府観光局(JNTO)発表の2026年上半期累計、台湾3,972,200人と香港1,298,500人を合計すると5,270,700人になります。これを同じ期間の中国2,058,200人で割ると約2.6倍です。6月単月の実績でも、台湾670,400人+香港214,300人=884,700人を中国340,700人で割ると同じく約2.6倍になります。

Q. 訪日客数と消費額で、繁体字圏と簡体字圏の差は同じですか?

A. 差の大きさは変わります。観光庁のインバウンド消費動向調査(2026年4-6月期・1次速報)の一人当たり飲食費と人数から本記事が試算すると、繁体字圏(台湾+香港)は飲食費だけで約1,107億円、簡体字圏(中国)は約521億円で、比率は約2.1倍です。人数ベースの約2.6倍より縮まりますが、繁体字圏が上回る構図は変わりません。

Q. 簡体字を機械で繁体字に変換すれば十分ですか?

A. いいえ。観光庁のマニュアルでは、簡体字の翻訳が完成した後、台湾繁体字への展開は文字変換だけでなく、英中・日中翻訳者による用語と表現の調整、さらに校閲者による専門用語・文体チェックを経るとされています。文字変換だけで終わらせない工程が公的に示されています。

Q. 香港繁体字と台湾繁体字は同じですか?

A. 同じではありません。同じ繁体字でも、広東語を使う香港・マカオの「香港繁体字」と、台湾華語を使う台湾の「台湾繁体字」では用語や表現が若干異なります。観光庁のマニュアルも、ターゲット市場を明確にしたうえで整備する繁体字を決定するとしています。

Q. 自社サイトの中国語対応が正しいかどうか、何を確認すればいいですか?

A. 費用をかけずに確認できるのがhtmlのlang属性とhreflangの指定です。簡体字ならzh-Hans、繁体字ならzh-Hant(台湾向けはzh-Hant-TW、香港向けはzh-Hant-HK)を明示しているかを確認します。zhとだけ書かれている場合、検索エンジンやブラウザにどちらの中国語かが伝わっていません。

10. まとめ

2026年上半期の訪日実績では、繁体字圏(台湾・香港)が簡体字圏(中国)の約2.6倍という逆転が起きています。飲食費の額で見ても約2.1倍で、繁体字圏が上回る構図は変わりません。それにもかかわらず、中国語対応が簡体字1本で止まっている店は少なくありません。観光庁のマニュアルは「両方の文字による解説文を整備することが望ましい」とし、簡体字から繁体字への展開は文字変換だけでなく、用語調整とネイティブ確認を経るべきだとしています。

費用がかからないところから始めるなら、まずはlanghreflangの整備です。自社のページでも、翻訳の中身を議論する前に「どちらの中国語か」を機械に伝える欄を空けたまま公開していたミスが見つかりました。人件費の伸びが業界平均に追いついていない今、外国語対応にかけられる時間は限られています。だからこそ、翻訳費用をかけずに直せる部分から着手する順番が実務的です。料理名の英語表記6分類飲食店の多言語対応の全体像も合わせて確認しておくと、中国語以外の言語でも同じ考え方が使えます。

参考

参考: 日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数(2026年6月推計値)」(2026年7月15日)
https://www.jnto.go.jp/news/press/20260715_monthly.html

参考: 観光庁「インバウンド消費動向調査2026年4-6月期(1次速報)の結果について」(2026年7月15日)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_00094.html

参考: 観光庁「地域観光資源の中国語解説文作成のためのライティング・スタイルマニュアル(追補版)」(2026年3月)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001881988.pdf