結論から言うと、日本語の料理名を英語でどう表記するかには、国土交通省観光庁が平成26年3月に定めた「6分類」のルールがあります。原語を固有名詞3パターン・普通名詞3パターンに分け、それぞれ表記方法を定めるという枠組みで、「和食だから全部ローマ字にする」も「わかりやすさ優先で全部英語に訳す」も、このルールからは外れています(出典:観光庁「観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン」平成26年3月)。この記事でわかること:①「何語必要か」「何語分の辞書があるか」の数字が資料によってズレて見える理由 ②「かぼちゃ=Pumpkin」と「出汁=Dashi (soup stock)」で表記方法が変わる理由 ③飲食店の食材496語をこの6分類に当てはめると、どんな内訳になるか、の3点です。
1. 料理名の英語表記とは——国が定めた「6分類」がある
観光庁が平成26年3月に策定した「観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン」は、翻訳の元になる日本語を「原語のパターン」として6つに分類し、それぞれの英語表記方法を定めています。分類は固有名詞3パターン(一般的な固有名詞・日本由来/一般的な固有名詞・外国由来/普通名詞部分を含む固有名詞)と、普通名詞3パターン(翻訳先言語に対訳がある語/対訳がない語/外国由来の語)です。ただしこのガイドラインは飲食店専用の資料ではなく、対象分野は美術館・博物館、自然公園、観光地、道路、公共交通機関等で、料理名はその中の一例にすぎません。それでも6分類の判断基準は、料理名の英語表記にそのまま当てはめられます。
飲食店にとってこの話は他人事ではありません。観光庁の令和6年度調査で、多言語表示の少なさ・わかりにくさに困った人に「どこで困ったか」を尋ねた結果、都市部・地方部とも1位は「飲食店」で33%でした(母数:都市部で困った人n=266、地方部で困った人n=233、複数選択)。原資料本文にも「都市部/地方部共に『飲食店』が最も高かった」と記載されています。最新の令和7年度データを含めた詳しい数字は飲食店の多言語対応についての記事で扱っています。
訪日客の滞在は短くなる傾向にあります。観光庁の宿泊統計を扱った別記事(6月の外国人宿泊数と泊数の減少)で見た通り、6月の外国人延べ宿泊者数は前年同月比▲11.9%でした。滞在時間が短いということは、メニューを読んで判断する時間も短いということです。なんとなく雰囲気で訳すよりも、判断基準が明確な6分類に沿って訳す方が、限られた時間の中で伝わる表記になります。
2. 「何語訳せば足りるのか」の数字がズレる理由——数えている対象が違う
多言語メニューの話をしていると、「400語」「496語」のようにいろいろな数字が出てきて、どれが正しいのか分かりにくくなることがあります。実はこれらは矛盾している数字ではなく、数えている対象そのものが違います。観光庁のガイドラインは英語・中国語・韓国語について「400以上の用語等について対訳語を記載している」としています。ただしこの400以上は、美術館・自然公園・観光地・道路・公共交通機関等、観光関連施設全般を横断した用語の数で、料理名や食材名に限った数ではありません。それ以前の自治体や国の既存ガイドラインは「数個から数十個程度の対訳語を英語を中心に記載」するにとどまっており、400はそこから大幅に増えたという文脈の数字です。
一方、私たち株式会社NGraphが実務で運用している食材名の対訳辞書は496語です(2026年7月4日時点・v1.2、全語レビュー済み)。こちらは飲食店の食材名だけに絞った辞書です。「400語」は分野横断のガイドライン全体の対訳語数、「496語」は食材名だけの自社辞書の語数で、対象範囲が違う以上、単純比較には意味がありません。数字を見るときは「何を分母(対象範囲)にしているか」を確認する必要がある、というのがこの記事全体の注意点です。
3. 6分類を料理名に当てはめる——Pumpkin と Dashi (soup stock) の違い
ガイドラインが定める6分類と英語の表記方法をまとめると、下の表の通りです。
| 分類 | 表記方法 | 例 |
|---|---|---|
| 1 固有名詞(日本由来) | 表音表記 | 東京=Tokyo、西新宿=Nishi-Shinjuku |
| 2 固有名詞(外国由来) | 外国由来の原語部分を英語表記 | リンカーン=Lincoln、南アルプス=Minami-Alps |
| 3 固有名詞+普通名詞 | 普通名詞部分のみ表意(不可分な場合は全体表音) | 日比谷公園=Hibiya Park、月山=Mt. Gassan |
| 4 普通名詞(対訳あり) | 表意表記 | 本=Book、茶碗=Chawan (Tea bowl) |
| 5 普通名詞(対訳なし) | 表音表記+説明的な語句 | 暖簾=Noren (Traditional shop curtain) |
| 6 普通名詞(外国由来) | 原語を英語訳して表記 | エスカレーター=Escalator |
出典:観光庁「観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン」(平成26年3月)。分類4は日本語の読み方を伝える必要がある場合、表音表記した後に表意を括弧で加える(例:茶碗=Chawan (Tea bowl))。既に広く認識されている語(侍=Samurai、温泉=Onsen等)は表意の追加は不要。
この6分類を料理名に当てはめると、「かぼちゃ」と「出汁」の違いが分かりやすい例になります。かぼちゃは普通名詞で、英語には対訳(Pumpkin)が既にあります。分類4(普通名詞・日本由来・対訳がある)に当てはまるため、そのままPumpkinと表意表記して構いません。一方、出汁は同じ普通名詞・日本由来でも英語に対訳がなく、分類5(対訳がない)に当てはまります。この場合は表音表記した後に説明的な語句を括弧で加え、Dashi (soup stock)という形になります。
表音+表意の組み合わせは、茶碗(Chawan (Tea bowl))にも共通する構造です。表音部分(Chawan/Dashi)で日本語の読み方を伝え、括弧の中の説明部分(Tea bowl/soup stock)で意味を伝えるという二段構えになっています。ガイドラインはこの括弧を使う際、括弧の前に半角スペースを入れるという表記ルールも定めています。
表音表記には常にヘボン式ローマ字を用いる、普通名詞の表音部分は必要に応じてイタリックで表記できる、といった細かいルールもあります。判断に迷いやすいのが長音符号(ー)です。ガイドラインは「日本独自のもので、国際化されていないため、外国人に理解されない可能性もある」とし、使用は「事業者や自治体等で対応が異なる、もしくは使用しない場合があるため表示にあたっては確認が必要」だと述べています。少なくとも同じ店の中では表記を統一しておく必要があります。
4. 中国語・韓国語では処理が変わる
英語で「対訳があるか・ないか」を軸に処理が分かれるのと同じ構造は、中国語・韓国語にも共通していますが、実際の処理の中身は言語ごとに異なります。下の表に主な例をまとめました。
| 原語 | 英語 | 中国語 | 韓国語 |
|---|---|---|---|
| 茶碗 | Chawan (Tea bowl) | 碗 | 차완(그릇) |
| 暖簾 | Noren (Traditional shop curtain) | 商标帘布 | 가게입구에거는천 |
| 寿司 | Sushi | 寿司 | 스시 |
| 温泉 | Onsen | 温泉 | 온천 |
出典:観光庁ガイドライン(平成26年3月)の中国語(簡体字)・韓国語の項目より。寿司・温泉は日本語の表記が既に広く認識されているため、追加の説明は必要としない。
中国語(簡体字)は、対訳がある語(茶碗→碗、温泉→温泉)は表意表記が基本ですが、日本語の漢字表記を伝える必要がある場合は中国語漢字に変換したうえで表意を括弧で加えます(花見→花见(赏花)が例)。対訳がない語(暖簾→商标帘布、侍→日本武士)は説明的な語句を表記し、寿司のように既に広く認識されている語は漢字を中国語漢字に変換して表記します。ガイドラインは「ネイティブチェックや辞書での確認を行い、表現が中国語圏からの旅行者にとって自然かどうか確認することが望ましい」とも述べています。
韓国語も対訳がある語(本→책、温泉→온천)は表意表記が基本ですが、単独では伝わりにくい場合は別の表意表記を括弧で加えます(和食→화식(일식))。日本語の読み方を伝える必要がある場合は表音表記の後に韓国固有語表記等を括弧で加えます(茶碗→차완(그릇))。対訳がない語(暖簾→가게입구에거는천、侍→일본무사)は説明的な語句を表記し、寿司のように既に広く認識されている語は表音表記(스시)にとどめます。英語の方法だけを機械的に他言語へ当てはめると、こうした違いを見落とします。
5. 公的調査に残る誤訳の実例
観光庁は令和2年3月付の資料「多言語対応改善・強化のための観光庁の取組」(観光庁外客受入担当参事官室)で、公共交通機関における多言語表記の調査結果(平成31年2月〜3月実施、交通結節点は全国80ルート、ホームページ調査は全国の鉄道・バス事業者85社)を公表しています。この調査で確認された誤訳の実例は次の通りです。
| 原文 | 確認された訳 | 何が起きているか |
|---|---|---|
| 発券所・発売所 | release place | 日本語の直訳で対象言語では使われない表現になっている |
| 遺失物センター | Forgotten Center | 自動翻訳により意味の通らない表現になっている |
| 小人(子供運賃) | dwarf | 自動翻訳により意味の通らない表現になっている |
| ダイヤ | diagram | 和製英語をそのまま英訳し意味が通じない文章になっている |
出典:観光庁「多言語対応改善・強化のための観光庁の取組」(令和2年3月)。「公共交通機関における多言語表記」調査(平成31年2月〜3月実施)にもとづく。
「発券所・発売所」が「release place」になるのは、日本語を直訳し対象言語では使われない表現になった例です。「遺失物センター」が「Forgotten Center」に、子供運賃を指す「小人」が「dwarf」になるのは、主に自動翻訳で意味の通らない表現になった例とされています。原文の文意そのものが適切に翻訳されず理解しにくくなった例として、「小児は何歳からになりますか?いくらになりますか」が「What happens to the children fare from what age? Would you like to much?」と訳された例も報告されています。
言語ごとの傾向も報告されています。英語は和製英語の使用等で意味の通らない文章になりやすく、「ダイヤ」を「diagram」と訳す例が挙げられ、主語や目的語等が欠けて不十分な文章になる場合もあったとされています。中国語は簡体字のページに繁体字表記が混在する(またはその逆)例が頻繁に確認されており、「日元」と「日圆」が混在する例が挙げられています。韓国語は敬語ではなく口語体になっている場合や、使わない外来語をそのまま直訳した違和感のある文章が確認されたとされています。
観光庁は別の資料で「日本国内の観光関連施設における外国語での表記改善のための実態調査事業」を行っており、調査対象施設には飲食店・小売店・美術館・博物館・自然公園・観光地が含まれ、対象言語は英語・中国語(繁体字、簡体字)・韓国語です。プレ調査として、東京(浅草・上野)と広島にある観光関連施設、計130件程度に訪問調査を行ったと記載されています。
6. 現場で起きること——材料辞書496語の内訳
私たち株式会社NGraphは、飲食店の多言語メニュー制作・運用の中で、食材名の対訳辞書を自社で運用しています(2026年7月4日時点・v1.2、収録496語、全語レビュー済み)。この496語を6分類の考え方に当てはめて内訳を見ると、次の表の通りです。
| 分類 | 語数 | 割合 | 訳し方 | 例 |
|---|---|---|---|---|
| 一般語 | 293語 | 59.1% | plain英語 | かぼちゃ=Pumpkin |
| 日本独自・加工品 | 113語 | 22.8% | Romaji+(補足) | 出汁=Dashi (soup stock) |
| ブランド・地域固有 | 52語 | 10.5% | Romaji+(補足) | すだち=Sudachi (citrus) |
| 一般化して安全な語 | 23語 | 4.6% | 一般化した英語 | ― |
| 個別指定が必要な語 | 15語 | 3.0% | 個別に判断 | ― |
出典:株式会社NGraph 材料canonical辞書(自社実測・2026年7月4日時点 v1.2、収録496語、全語レビュー済み)。「個別指定が必要な語」は食習慣・ナッツ・魚介・豆・きのこ・野菜等で個別判断が必要な語。合計496語。
分類の中心にあるのは、一般英語名がある食材はplain英語で訳し、日本独自・ブランド・加工品はローマ字表記に補足説明を加える、という運用方針です。辞書には「一般英語名がある食材=plain英語 / 日本独自・ブランド・加工=Romaji+(補足)。先頭大文字・文ケース。」と記載しています。運用は辞書を先に引く「lookup-first」を徹底し、多言語ページを生成するたびにまず辞書を検索してヒットした語は訳語を強制的に適用します。店舗ごとに訳語を決めて後から監査する運用は廃止しました。
496語の内訳を6分類の考え方に当てはめると、日本独自・加工品113語とブランド・地域固有52語の合計165語、全体の33.3%が「表音+説明」を必要とする語です。裏を返せば、残り約3分の2にあたる331語(66.7%)は、普通に英訳すればよい語だということになります。「和食だから全部ローマ字にする」も「全部英語に置き換える」も、この語彙構成の実態からは外れているというのが、この辞書を作って分かったことです。
同じ食材でも、素材そのものか加工品かで扱いが変わる例もあります。鰹(かつお)は一般語としてSkipjack tunaと英訳しますが、鰹だしは日本独自の加工品としてDashi (soup stock)と表音+説明で扱います。同じ「鰹」という語でも、素材の状態によって分類そのものが変わるということです。食物アレルギー表示の記事で扱った通り、材料名の訳し方はアレルギー表示の正確さにも直結する部分なので、この判断は慎重に行う必要があります。
7. やってしまいがちなNGパターン
- 和食だから全部ローマ字にする——かぼちゃのように対訳がある一般語(分類4)まで音写すると、通じにくい表記になります。
- 逆に全部英語に訳そうとする——出汁やがりのように対訳がない日本独自の語(分類5)を無理に英訳すると、意味が変わったり伝わらなくなったりします。
- 長音符号の有無を店舗内でバラバラにする——ガイドラインも「事業者や自治体等で対応が異なる」場合があるとしており、少なくとも同じ店の中では統一が必要です。
- 中国語ページに簡体字と繁体字が混在する——公的調査で頻繁に確認された誤りで、「日元」と「日圆」が混在する例が報告されています。
- 韓国語を敬語でなく口語体のまま使う・外来語をそのまま直訳する——公的調査で違和感のある文章として指摘されています。
- 説明文をチェックなしに機械翻訳へ丸投げする——公的調査では「遺失物センター」が「Forgotten Center」、「小人」が「dwarf」になるなど、原文の文意が壊れる誤訳が確認されています。
8. FAQ
Q. 料理名の英語表記に統一ルールはあるのですか?
A. 観光庁が平成26年3月に定めたガイドラインがあり、翻訳の元になる日本語を6分類し、それぞれの英語表記方法を定めています。ただし対象分野は美術館・博物館、自然公園、観光地、道路、公共交通機関等であり、飲食店専用のガイドラインではありません。料理名はその枠組みの中で扱われる一例です。
Q. 「かぼちゃ」と「出汁」で表記方法が違うのはなぜですか?
A. かぼちゃは英語に対訳がある普通名詞(Pumpkin)なので表意表記になります。出汁は英語に対訳がない日本独自の普通名詞なので、表音表記した後に説明的な語句を括弧で加え、Dashi (soup stock) という形になります。対訳の有無がどちらの表記方法になるかを決めています。
Q. 中国語・韓国語も同じルールで訳せますか?
A. 対訳の有無を軸にするという判断基準の骨格は共通ですが、実際の処理は言語ごとに異なります。中国語は対訳がある語を中国語漢字に変換して表意表記し、必要に応じて日本語の読みを括弧で補います。韓国語は対訳がある語を表意表記し、単独では伝わりにくい場合は別の表意表記を括弧で加えます。英語のルールをそのまま当てはめることはできません。
Q. 「寿司」や「侍」もローマ字表記に説明を加える必要がありますか?
A. いいえ。ガイドラインでは、日本語の表音表記が既に広く認識されている語(寿司、侍、温泉等)は、説明的な語句や表意の追加を必要としないとしています。
Q. 長音符号(ー)は表記した方がいいのですか?
A. ガイドラインは長音符号について「日本独自のもので、国際化されていないため、外国人に理解されない可能性もある」としており、使用は事業者や自治体等で対応が異なる、もしくは使用しない場合があるため確認が必要だと述べています。少なくとも同じ店の中では表記を統一しておく必要があります。
Q. 機械翻訳だけで料理名の英語表記を作っても大丈夫ですか?
A. 公的調査では「小人」が「dwarf」に、「発券所」が「release place」になる等の誤訳が確認されています。6分類のどれに当てはまるかを踏まえたチェックを挟まないまま機械翻訳だけに頼ると、同様の誤訳が起きる可能性があります。
9. まとめ
料理名の英語表記には、観光庁が平成26年3月に定めた6分類のルールがあり、対訳の有無で表音表記か表意表記かが決まります。中国語・韓国語も判断基準の骨格は共有していますが、処理の中身は言語ごとに異なります。「400語」「496語」のような数字のズレは、対象範囲(分野横断のガイドライン全体か、食材名だけの辞書か)が違うために生じています。
私たちが運用する496語の食材辞書では、表音+説明が必要な語は全体の33.3%にとどまり、残り66.7%は普通に英訳すべき語です。「和食だから全部ローマ字」も「全部英語に置き換える」も、実際の語彙構成からは外れています。訪日客の滞在は短くなる傾向にあり、メニューを読む時間も限られているからこそ、判断基準が明確な6分類に沿って訳すことが実務の助けになります。
参考: 観光庁「観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン」(平成26年3月)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/810003138.pdf
参考: 観光庁「多言語対応改善・強化のための観光庁の取組」(令和2年3月・観光庁外客受入担当参事官室)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000677784.pdf
参考: 観光庁「令和6年度『訪日外国人旅行者の受入環境整備に関するアンケート』調査結果」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001882887.pdf

